2009年04月16日

モンゴル医学とシャーマン・ボウ

 モンゴル医薬学は、十二世紀にチベットから伝えられた『ギュー・シ』(【rGyud bzhi モンゴル語】[漢訳名四部医典])に依って成立したといわれているが、実際は、シャーマン・ボウによって伝承されてきた彼らの治療が大半を占めている。
このことは、モンゴル人がすべて仏教徒であるとの事実に反する見方と同一である。
伝統行事であるオボウ祭は、シャーマン・ボウの祭祀であり、ラマ僧の祭祀ではない。
 モンゴル医薬学の五種療法には灸療法、瀉血療法、バター経穴(ツボ)療法、浴法、あん法、羊の反芻胃内容物療法などがあるが、灸療法は、「黄帝内経」に灸は北方(高原ゴビ地帯)よりきたると、記述されており、その他の瀉血療法、バター経穴(ツボ)療法、浴法、あん法、羊の反芻胃内容物療法などもシャーマン・ボウの療法
であることは言をまたない。
 ここで、モンゴル医薬学の概略を述べておく。
 生命観
 モンゴル医薬学では人体は三つの体液、つまりヘイ[風素](アーユルヴェーダの「ヴァータ」、チベット医学の「ルン」に相当)、シャル[胆汁素](同じく「ピッタ」、「チィーパ」)、バダカン[粘液素](同じく「カパ」、「ベーケン」)の三つの精妙な生命維持のエネルギー(ドーシャdosa)から成っており、そのコントロールのもとに人体は七種の粗大な組織要素(ダートゥdhatu)[乳び、リンパ・血液・筋組織・脂肪組織・骨組織・骨髄・精液、卵巣]から構成されている。
?体液(ドーシャ)
モンゴル医薬学        チベット医薬学    アーユルヴェーダ
ヘイ(風)[風素]      ルン          ヴァータ
シャル(火・水)[胆汁素]   チィーパ       ピッタ
バダカン(地・水)[粘液素] ベーケン        カパ

?病理学
1疾病の原因
 疾病となる本質的な内因(個人の体質)、病変を起こす外部からの誘因、発病道(侵入路)(?皮膚粘膜に拡散する?筋肉に侵入する?脈管を徘徊する?骨組織にしみ込む?五臓に病変を起こす?六腑に症状が出る、という六つの入り口・経路があるといわれている)の特定、疾病の拡散範囲、病態、疾病の年齢、地域、季節、日々と季節の過ごし方、不適切な食事、日常の行為、合併症などを含む。
2診断方法
 診断方法は視診、問診、触診で病状を診断するが、具体的には脈診、尿診、舌診、皮膚の検査、眼球、爪、身体の検査がある。
3治療方法
食事療法、養生と看護、薬物治療、五種療法の四つの内容をふくむ。
モンゴル医薬学では、ヘイによって起こる病気が四十二種、シャルによって起こる病気が二十六種、バダガンによって起こる病気が三十三種となり、合計一〇一種類の病気がある。
 その治療法は一〇〇二種類も取りあげられているが、要約すれば、食事療法、養生・看護、薬物療法、五種療法の四つになるであろう。温性病(赤、腫、痛、熱などの症状が顕著で、いわゆる急性炎症や伝染病など)の場合は冷性の性質を持つ食事をとり、適切な室温の病室で看護して、寒性の性質を持つ薬物療法を実施し、瀉血などの五種療法を適用する。これを習慣的に四水療法方針という。逆に寒性病の場合であれば、前記と逆の四火療法方針をとるのが通常の治療法である。

生命エネルギー「ヘイ、シャル、バダガン」
 人体の生命現象をコントロールするエネルギーはヘイ、シャル、バダガンという三つの生命エネルギーとしての体液(ドーシャ)である。病気はヘイ、シャル、バダガンのバランスが崩れることによって発症する。ヘイ、シャル、バダガンに関係しない病気はなく、その属性である熱と寒に属さない病気はない。
?五種治療
 五種治療と一言にいうが,これは慣例的な呼び名で,実際には六種も七種もの治療を含んでいる。一般的には灸、瀉血、バター経穴(ツボ)、浴法、あん法、羊の反芻胃内容物療法などを指す。
灸療法
灸は寒性病によく用いられる五種療法の一種である。ゴビ、シベリアの寒冷地方に遊牧しているモンゴル人は寒性病(消化器系慢性疾患や神経痛など)にかかりやすいので、温める治療法の灸療法が発達した。
 『黄帝内経』には「北方とは辺鄙な高原ゴビ地方で,寒性病にかかりやすい。それには灸が良く効く。それゆえ,灸は北方より由来する」という記述がある。
 フェルトにバターを塗って灸をすえる方法は、モンゴル医薬学の初期から見られ、長い歴史のある治療法である。このフェルトにバターなどを塗って温める療法や、疼痛部位をそれで包んだりする治療法は、アルタイ言語系のトルコ、モンゴル、満州ツングース族の祖先たちにも用いられてきた。
 灸療法は、まず症状に応じて三十九個の灸の経穴(ツボ)の中から治療ツボを選び出す。そして、使いやすいようにタバコ型にした艾を燃やして、患部に灸を据えるのである。
 寒冷地帯の遊牧民たちは、変形関節炎や神経痛などにかかることが多い。重症の場合は火傷するまで灸を据えることもあるが、通常は薄い生姜などをツボの上に敷いて,間接的に灸を据える。
 灸は薬物療法と同様で、適切に用いれば寒性病に効くばかりでなく、温性病にも活用できる。寒性の強い薬剤を用いたり、強力な瀉血や下剤を使用する場合に起こりやすい寒気を抑える効能があるからである。また、鍼を刺してその鍼に艾をつけて温める温灸鍼もある。

2. 瀉血療法
 瀉血療法は温性病、特に血熱性疾病(発熱をともなう急性の炎症など)によく用いられる五種療法のひとつである。特定の血管のツボを特殊な器具を用いて切開して、病変している血液を取り除く治療法で、治療を行う前には、煎じ薬・三子湯剤(【訶子、川楝子、山梔子】体質を保つ新鮮な血液と衰えて病気に汚染されている血液を分ける薬剤)を何日間か飲ませるのが一般的である。
 瀉血を用いる主な疾患は、急性の炎症の発病期、損傷熱(感染による発熱)、伝染病あるいは流行性疾患、丹毒、熱性の黄水病(ブルセラ病、リウマチ)などのシャル病(後述)、汚れた血液の影響が大きいシャル病や急性の炎症の初期などである。
 特定の血管のツボ(ごく普通利用されているのは三〇何箇所ある)に特殊な器具を用いて瀉血するが、患者の病状や病態、出血のタイミングなどを推し量りながら、刺したり、切開したりして病変した血液を排出させる。急性の場合はそのまま瀉血してもいいが、一般的には血分する数日前から三子湯剤(訶子、川楝子、山梔子)などを飲ませてから瀉血をする。

3. バター経穴(ツボ)療法
 関連するツボまたはその周辺,あるいは疼痛部位にバターを塗って、マッサージをする療法である。マッサージをしない場合もあるが、その場合でも薬効はある。モンゴル医薬学のマッサージの際、必ずバターを塗って行う。塗る部位は、手掌、足底部、胸椎や腰椎のツボなどが知られている。また、外傷や骨折などには軟膏を塗り、他の治療法と併用する場合が多い。

4. 浴法
 温泉または冷泉を用いる治療法である。五種薬浴といって五種類の生薬を入れた薬浴を利用することもある。

温泉
 モンゴル草原は広大で、交通手段が乏しいため、日本のように一般人が温泉を楽しむ機会は皆無と言ってよい。温泉に行くのは、病気になってはじめてやむを得ず行くのである。前述のように、モンゴル人がかかりやすい神経痛やリウマチなどの寒性病には、著効がある。通常一回の治療コースは二週間か三週間である。三年間くらい継続すると、相当な効果があがる。
 頭痛が激しい患者は冷泉を頭部に注いで治療する。実際には、モンゴルでは温泉や冷泉に入って治すより、むしろ飲用として利用する場合が圧倒的に多い。

薬浴(五種薬薬浴)
 主薬:刺柏葉(ねずの干した葉っぱ)、杜鵑葉各〇、七五a´s、小白蒿二、二五a´s、   水柏枝、麻黄各一、五a´s。
 副薬:症状に基づいて服薬を追加することができる。
 製法:五種薬を水二〇〇gで沸騰させ、半量になったら、その溶液を他の容器にとる。さらに水二〇〇gを加えて沸騰させ、四分の一の量になったらその溶液もとる。最後にもう一度水二〇〇gを加えて沸騰させ、三分の一の量になったら、またその溶液をとる。このようにして得られた三回分の抽出液を混ぜ合わせて薬浴に用いる。
 治療法:症状、加齢、体質によって一回の治療コースを通常一四〜二一日間とする。一日二〜三回入り、一回の時間は二〇〜九〇分間とする。最初と最後の入浴時間を多少短くして、中間の入浴時間をやや延ばすようにすると効果が上がる。
 温度:最低三四〜三五度、最高三六〜四一度。

?流水浴
 渓流や泉などで浴する方法で,加齢のため関節や筋肉、腱などが変形している症状には有効である。

5.罨法(あんぽう)
 熱罨法
 全身を湿布して発汗させる療法である。発汗させるには二つの方法がある。からだの中を温めて汗を体内から排出させる方法と、外部から温めて発汗させる方法である。前者は苣ばい菜【キョバイサイ】八味粉末剤のような発汗剤を服用する。これで発汗されない場合は、後者の治療法を用いる。後者の治療方法としては、よく煮沸した発汗剤を大きな袋に入れるか、または患者の上にきれいな布をかぶせ、その上に発汗薬を均一に散らし、掛け布団を被せて汗を出させる。
 熱罨法は、ヘイ熱(高齢者や虚弱体質者などが急性の炎症にかかる場合によく現われる症候群)の遊走性疼痛に著効である。遊走性疼痛のあるヘイ病にはヘイを鎮静する。寒性病の場合に用いる場合は、バダガン、ヘイを排出する。
家畜の体毛、塩、麹、胡麻粕などを用いる発汗法もあるが、薬剤を用いた発汗法と併用する場合が多い。

冷罨法
 コールド・コンプレスは、氷塊、泥石、煉瓦などで患部を冷やす治療法で、生薬と組み合わせて治療に用いる。

羊療法
 モンゴル人の間で幅広く利用されている羊の反芻胃内容物療法、羊の臓器や皮療法、接骨療法、脳震盪療法、燻蒸療法などは、ロシアでも人気があり、遠くからわざわざ治療を受けにやって来る人もたくさんいる。
羊の臓器療法
 反芻胃内容物療法
 畜殺したばかりの三〜四歳の羊の新鮮な反芻胃内容物を用いる療法である。病変部をそっくり反芻胃内容物と症状に応じて生薬、塩、酒のいずれかを混ぜたものにしばらく漬けておいたり、病変部位に反芻胃の口をぴったりと当てて湿布する。生薬、塩、酒を加えるのは、反芻胃内容物の薬効を強化させるためである。
 そのほか、反芻胃内容物を燻蒸して皮膚粘膜から薬用成分を吸収させる方法や、また、反芻胃の口を閉じて患部に押し当てる方法もある。
 以上のような反芻胃内容物療法は、冷え症、関節炎、婦人科系疾患、接骨などに有効である。
 治療を受けようとする患者は、前もって医師の注意事項を守り、治療後風邪などをひかないようによく注意する。一回の治療時間は通常二〜五時間で、一回で効果がなければ、翌年にもう一回治療する。

羊の肝臓などの臓器療法
 羊はモンゴル遊牧民の生活と切っても切れない関係がある。日常生活では食料の半分は羊肉あるいは干し羊肉で、また、病気の治療にも欠かせない薬物となっている。反芻胃内容物治療と同じように、羊の肝臓などの臓器もさまざまな疾患に用いられている。それは必ずしも畜殺したものを治療に用いるばかりでなく、生きたままの羊を用いることもある。例えば、小児の腹痛を伴う下痢や脹には羊を仰伏位にして四肢をしっかりと引っ張り、子どもの臍を羊の臍にぴったりと一五分間ほど合わせる。子どもが酷く泣くときは一〇分間でもよい。治療後は、子どもの腹部や腰部を温める。その羊は再度の治療に備えて、必ず群に放しておく。畜殺してはいけない。

羊の皮膚療法
 まず羊を畜殺して、もとの形を崩さないように剥いだ皮に、下記の生薬を入れて煎じる。反芻胃内容物、白雲香、決明子、けい麻子各一五c、訶子、川楝子、山梔子湯剤各五〇c、喜馬拉雅紫茉莉、しつ藜、玉竹、多花黄精、天門冬各二〇c、婦人科疾患の場合は白豆こう七味粉末剤五〇cを、神経病の場合はウラン(大赤)13味湯剤二五〜三五cそれぞれ加え、三gの水でよく煮沸する。これにバター一〇〇〜二〇〇c、焼酎五〇〜一〇〇a´mを加えてよくかき混ぜる。そしてそれらが入った羊の皮の中に患者を座らせる。この際、患者の頭部に羊の脾臓を被せる。
 治療時間は通常二時間で、治療中には鎮静作用の著しい沈香35味粉末剤(原則として粉末剤は煎じて用いないが、沈香35味煎じ剤は例外である)をマトンスープと一緒に煎じて飲ませる。治療後は、風邪を引かないよう気をつけ、三週間は養生する。

その他の療法
飲水療法
 温泉、特に、冷泉の水をモンゴル人はアルシャン、つまり、神聖な甘露(マンナ)と言っている。消化器系をこわしやすい生活を送っているモンゴル遊牧民にとっては、胃炎や肝炎などによく効くアルシャン水は本当に神聖な甘露となりうる。経済的に余裕のある家庭は、夏季にアルシャンの近くまで移って、湧き出る新鮮な水をそのまま飲用するが、そうでない家庭は運んできた水を飲用する。
 内モンゴルフロンベール盟にあるオーニン・アルシャンが有名である。牡鹿がここで傷を癒したという伝説がある。

接骨療法
 伝統的な接骨医はモンゴル人に人気がある。現在少なくとも数千人に一人の割合で接骨医がいて、骨折、脳震盪、脱臼などの治療を行っている。彼等は豊かな治療経験を持ち、接骨技術とマッサージ、臓器療法を組み合わせて治療効果をあげている。 モンゴル民族は騎馬民族であり、戦争に明け暮れる生活が長く、骨折、特に開放性骨折を起こす患者が多かった。当時から接骨医はアルコール含有量の高い焼酎を消毒ないし麻酔薬として使い、添え板などを利用して接骨を行っていた。手術を行なっていたという記録もある。

鍼療法
 鍼は最近では、中医学のように幅広く使用されていないが、その方法はほとんど中医学 学と変わりがなく、ツボの選び方も灸とほぼ同様である。
詳しくは徳力 格爾(デレゲル)著『モンゴル医薬学の世界』(出帆新社)を参照されたい。



      
posted by 巫山 at 18:18| Comment(19) | TrackBack(0) | 日記

2008年11月29日

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posted by 巫山 at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記